ディーンフジオカの音楽・楽曲・歌唱力・ラップのルーツを辿ってみた。
現在TBSドラマ、『ダメな私に恋してください』に出演中の、もしかしたら主演の深田恭子さんよりも目立ってしまっている可能性のある俳優さん「ディーン・フジオカ」さん。名前もさることながら、そのどこか”日本的じゃない”ルックスに、若い世代だけでなく、老若男女が彼に注目しているとか、してないとか。
とにかく今話題のディーンさん。ギター、ピアノ、ドラムを演奏できるだけでなく、ご自分で作曲、作詞、プロデュース、そしてラップ、ボイスパーカッションまでこなす。本当に多彩な人ですね。
特異な経歴や、5ヶ国語を話せることなど注目ポイントは沢山ありますが、今回はディーンさんの作る、奏でる「音楽」にフォーカスしていろいろ調べていきたいと思います。
ディーンフジオカ、A-studio(エースタジオ)に出演。ギター、中国語を披露?
ディーン・フジオカの音楽初期体験。
ディーンさんのお母さん、自宅でピアノの先生をしていたらしく、家にはピアノ、ドラムセット、エレクトーン、サックス、グロッケンなどが沢山あり、いつでも触りたい楽器に触れるというとてもステキでうらやましい家庭で育ちました。お母さん自身も洋楽を良く聴いていたようで、その影響もあってディーンさん、洋楽もお好きなようです。
ただ、ピアノは小さいころから無理やりやらされていたところがあって、本人は余りピアノが好きになれなかったのだそうです。
また、コンピューターエンジニアをしていディーンさんのお父さんは、海外に出張に行くことが多く(お父さんは日本人だが、中国でうまれたらしいです)お土産にマイケルジャクソンやディズニーの作品を買ってきてくれたとか。
幼少期にマイケルジャクソンやディズニーに触れるのはいいこと!!と勝手に思っている筆者は、すばらしいお父さんだなと勝手に尊敬しています。マイケルはいいよな・・マイケルは・・。
中学・高校生時代はバンド活動を!!
中学生、高校生のときは場バンド活動をし、ギターに傾倒していたようです。このころから作曲や作詞をし始めていたそうですね。
大学はアメリカのシアトルに留学していたのですが、シアトルを選んだきっかけに、ニルヴァーナやジミ・ヘンドリックスの出身地だったことも影響しているみと語っています。
旅先の香港のクラブで披露した”ラップ”が、モデルになるきっかけ・・。
諸説あるようですが、アジアを放浪していた時、香港のクラブで披露した”ラップ”(一説にはジャムセッションに参加したという話もあります)で、香港のファッション誌の編集者の目に止まり、「モデルをやってみないか」と誘われたのが、香港で芸能活動を本格的に開始するきっかけに。このときはディーンさん、貧乏旅行だったので最初はお金がもらえるし、やってみようか、くらいの気持ちだったらしいですね。
その後、香港で映画に大抜擢され、だんだんと知名度を上げていくディーンさんなのでした。
ディーン・フジオカさんの曲は、どんな感じ?
ディーンさんの作る音楽はどんなものでしょうか?
一作目は、セルフプロデュースアルバム『CYCLE』をリリースしているということですが、音源がなかなか見つかりませんでした。これからも探していくので、見つけたらまた載せます。
映画の主題歌『My Dimension』
初の映画監督、主演を担当した映画『I AM ICHIHASHI 逮捕されるまで』の主題歌、『My Dimension』この曲も、もちろんというか、すごいというか、ディーンさんが作曲しています。監督から主演、主題歌まで作るとは・・。才能もありながら、本当にいろいろやってみたい人なんですね。
過去にこの映画をめぐって、ホリエモンさんとディーン・フジオカさんが対談したことがあります。ニコニコ生放送で放送されたらしいです。
2013年11月6日に配信リリースされた『My Dimension』は実はオリジナルバージョンとして配信されているのですが、劇場で公開された音源は、なんとあの椎名林檎のプロデューサー、亀田誠治のアレンジによる楽曲が使用されているという話しです・・。亀田誠治さんからも注目されてるって、本物じゃん、才能・・・。
実際にYoutubeを覗いてみるとわかりますが、結構たくさんの動画が出てきます。バラード系のものもあればK-POPっぽい曲もあります。積極的に動画をアップさえているようですし、海外のファン達が勝手に作ったミュージックビデオなどもアップされていて、日本よりも、アジアでの知名度のほうが今のところ高そうな雰囲気ですね。
歌唱力は、上手いと思います。K-POPなどでもそうですが、歌を歌う人が、歌が上手いのは当たり前なんでしょうね。歌唱力は文句ないほどに上手いと思います。
ジャカルタで音楽をつくる理由。
ディーンさん、台湾や香港などを拠点に活動しながら、どうして”ジャカルタ”にて音楽を作るようになったのでしょうか?
バイオリニストの葉加瀬太郎さんがナビゲーターを勤めるラジオ番組、『ANA WORLD AIRCURRENT』 にてその理由を語っていましたが、アジアでは台湾のドラマはシェアがすごいらしく、台湾だけでなく、マレーシア、シンガポール、東南アジアでも人気があり、その縁で、ジャカルタに音楽作りをするパートナーであるDJさんと出会ったことが、ジャカルタに通うきっかけになったということです。
香港でモデルとして活躍しだしてから上手く行き過ぎて、なかなか”ミュージシャン”としての活動ができていなかった当事、たまたま2008年に撮影したバンドを題材とした映画の仲間と盛り上がって、「ミュージシャンとしてやっていきたい!」と思うようになったのだとか。
本当は集中して、俳優の仕事もストップして専念したかったらしいのですが、なかなか思うように行かず、結局はジャカルタに通って楽曲製作をするようになったのだそうです。
まとめ
現在でも、やっぱり俳優業が忙しいらしくて、なかなかミュージシャンとしての活動が出来ていないみたいですが、また時間が出来たらジャカルタに通って楽曲製作をするのでしょう。しかし、日本での連続ドラマも始まったし、おそらく今後も日本で人気が出そうなので、本格的な楽曲製作はしばらくお預けになるのかな?
なんだか、こういう国境をらくらくと又にかけてしまう人を見ているとワクワクしてきます。今後、日本でもこういう”何人だかわからない”俳優さんが増えていってくれるといいなあと思いながら、これからもディーンさんを見守っていこうと思います。
ディーンフジオカの家族。奥さんが超美人で父親は中国人じゃない?
コメント